輸送艦 おおすみ 見物 in 玉野

輸送艦 おおすみ 見物 in 玉野 2014年 osumi_1

今回のは正規の見学じゃなくて見物で、内容も少なめです。日付までは書きませんが、2014年に岡山の玉野(瀬戸大橋の付け根らへん)から香川の高松へ行くためにフェリーに乗ったところ、造船所で整備を受けている輸送艦の”おおすみ”を見ることができたので、その写真をアップします。この造船所は三井造船玉野造船所で、海自艦艇の整備や建造もしており最近では護衛艦”ふゆづき”を建造しています。今回これを書くのに、三井造船でウィキペディアを調べたら結構な数を建造していてびっくりしました。

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一番上の写真は船上からの写真で、通り過ぎて離れていくところ。大型艦なのでけっこうな迫力です。左写真は港に行く途中の道から。”おおすみ”が玉野に入ってることは知ってましたが、ここに来たことが無かったので見えるかどうかまでは知らず、見えたらすぐカメラ出して撮っちゃいました。右写真、同じ場所から引きの画で。けっこうクレーンがうじゃうじゃある造船所です。

ちなみに、この日は黄砂がかなり飛んでいたのでけっこう霞んじゃっています。玉野造船所は高松行きフェリーの港である宇野港からは南西に2kmほどの所にあり、岸壁に居る船なら路上からもある程度は見えますが、フェリーに乗るとより近づいて見えます。

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ここからはフェリーから撮った写真です、10倍ズームのコンデジで右写真くらい寄れます。左写真が全景で、塗装をしなおしたようで普段より濃い色に見えました。艦載艇なんかは降ろしてあります。右写真は艦尾、門扉がはずされています、整備中だから見られる光景。なんでも陸自が水陸両用車のAAV7を導入したので、それを積めるように”おおすみ”型を全艦改修するみたいですが、この時にやってたのかまでは知りませんので各自で調べてください(投げた)。塗装しなおして艦名が消えています、普段はこの側面に名前が書いてある。

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左写真、真ん中のアップ。足場を組んで色々としてるっぽいですが詳しいことはわかりません。右写真、ナナメ前から。CIWSが降ろされていて、他にもアンテナ類がごっそり消えています。勇気がある人はエッチングで足場を作って模型で再現してみては?私は絶対やりたくないですが。

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左写真、ちょっと引いた画。印象としては「なんか濃い」のひとこと。普段の護衛艦はけっこう日焼け・潮やけしてるんだなーと。右写真、艦首部分です。艦番号が無くなってます。なので事前情報が無いと姉妹艦のどれかわかんなくなる。錨も無くって周囲が綺麗になっています、普段は多少のサビがある部分です。艦首が普段より浮いていて、いつもは水線下に完全に隠れてるバウのはじっこが見えていて、赤色の境界もナナメってます。

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“おおすみ”はここまで。どうしても同じアングルの写真ばっかりなんで、あんまし良いの無いんですもん。左写真は近くにいた海保の巡視船”まつしま”です。海保は詳しくないんですが、1,000トン型巡視船”いわみ”型の4番船だそうです。姉妹船でPL73の”きい”も近くにいました。2隻とも玉野の出身で、”まつしま”は宮城、”きい”は和歌山の所属らしいので整備に来てたのでしょうか?。他に、造船所じゃなくってここの海保の出張所(って言うの?)に小型の巡視艇が2隻居ましたが、そっちはフェリーからだと見えない位置で道路からだけ見えました。

右写真、本来の旅行の目的地だった高松の有名うどん屋の「山田屋」さんです。北海道TVのバラエティー(むしろドキュメント?)番組の「水曜どうでしょう」で知っている方もおられるかと思います。高松港から東に8kmほどの85番札所「八栗寺」へ登る途中にあり、高松へ行ったら寄っておいて損は無いでしょう。ちなみに、宇野⇔高松フェリーは安かった宇高国道フェリーは廃止されてて四国フェリーだけになっています。

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以上、旅行のついでに見られた”おおすみ”の整備中の写真でした、もの珍しさでアップしましたよ。造船所にいつどの船が入るかは普通はわからないので狙って見に行くのは難しいと思いますが、うどん食いに行くついで程度で見に行ってみたらいいことあるかもしれません。

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*ここから脱線します*

撮影した年・おおすみ・玉野に入渠・日付を伏せた、ということで既に気付いた方もおられるかと思いますが、衝突事故の後の話です。説明しますと、この整備を受けるため呉から玉野へ移動する途中に”おおすみ”と遊漁船とで衝突事故が起き、遊漁船側で2名の方が亡くなられています。”おおすみ”は事故調査のためしばらく呉に留まり、それから玉野に移って予定の整備を受けています。そういう事があったので今回少し躊躇いもありましたが、”おおすみ”が整備を受けていること自体に特に問題があるわけでもないので記事にすることにしました。事故があったから狙って行ったわけでは無いので、そこの所で誤解の無いよう言っておきます。高松の「山田屋」に行くついでに”ふゆづき”らを建造したとこを見ようと思って行ったら”おおすみ”が居たという次第です。

事故の海難審判の結果はちゃんとした記事を見て頂いたほうが良いですが、雑に言えば「双方がより注意していれば回避できた事故」「遊漁船の進路どりや減速の理由ははっきりしなかった」といったものでした。事故発生当時はゴールデンの全国ニュースでも散々とりあげられましたが、かなり経ってから出た海難審判の結果については、広島では詳細に報道されましたがTVの全国ニュースでは殆ど扱われなかったように思います。この種の事故は完全には無くならないものであり、事故が発生した際はその経緯を精確に把握し、原因を追究し今後に生かす事がもっとも重要であると思います。ご遺族の方の感情や亡くなられた方の人柄を報道するのも必要とは思いますが、そこまで寄り添う姿勢を示すのなら事故の調査結果まで責任を持って継続して報道すべきではないでしょうか。言ってしまうと、一番有名どころの全国番組の報道姿勢にはかなりの違和感を覚えました(いつものことではありますが‥)。自衛艦の事故ということであっちこっちの方向から様々な発言が出た事故ですが、原因究明による事故防止対策が進み、同様の事故が減ることを願うばかりです。


日付

2015年3月10日

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